対談企画 サーキュラーエコノミーでハッピーになるのか
その5 資源生産性を高めるために

細田 衛士(ほそだ えいじ)様
東海大学学長補佐、政治経済学部経済学科・教授
慶應義塾大学名誉教授
中部大学理事、名誉教授
1993年より国税庁中央酒類審議会 新産業部会リサイクルワーキンググループ座長、1995年通商産業省産業構造審議会廃棄物小委員会委員、2000年運輸省FRP廃船の高度リサイクルシステム・プロジェクト推進委員会委員、2003年環境省政策評価委員会委員、2011年中央環境審議会委員、2011年林政審議会委員、2023年「サーキュラーエコノミーに関する産官学のパートナーシップ」事業における総会、ビジョン・ロードマップ検討ワーキンググループの委員などを歴任

粟生木 千佳(あおき ちか)様
公益財団法人 地球環境戦略研究機関(IGES) 持続可能な消費と生産領域 主任研究員
2000年京都大学工学部卒業、2002年東京大学大学院工学系研究科修了(工学修士)。2007年政策研究大学院大学修了(国際開発学修士)。2023年9月立命館大学大学院理工学研究科後期博士課程修了(工学博士)2002年-2005年(株)野村総合研究所にて研究員/コンサルタントとして、環境ビジネス・環境政策関連調査/コンサルティングに従事。2007年6月IGES入所。循環経済・資源効率性向上に向けた政策研究や国際政策動向の調査・分析、循環経済・資源生産性指標の政策応用に関する調査研究を行っている。
■要因分析
粟生木
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以前、細田先生が講演されていた資料で、経済学的に要因分解されていたのを拝見しまして、経済学的に考えた場合、こういう制度設計が必要なんじゃないか、ということをお伺い出来たらと思います。
細田
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この資料は2018年に「3R・資源循環推進フォーラム」で講演した資料です。
GDPを資源投入量と労働投入量で簡単な要因分析をしました。
Y : GDP、R:資源投入量 、L:労働投入量 とすると、以下のようになります。この式の右辺、
(Y/R)は 、資源投入量当たりのGDP(国内総生産)ですので、資源生産性:re であり、
(R/L)は 、労働投入量当たりの資源投入量ですので、資源労働比率:lr ということになります。GDP=re(資源生産性)×lr(資源労働比率)×L(労働投入量)
この式の両辺の対数をとって微分すると以下の式となります。
(略式で、Δを微分の記号とします。Δxはxの増加分、マイナスの場合は減少分を意味します。)GDP変化率 資源生産性の変化率 資源投入量変化率 労働投入量変化率
サーキュラーエコノミーが実現されると、一人当たりの資源の投入量は減少します。従って、 Δlr / lr(一人当たりの資源投入量増加率)はマイナスとなります。
労働投入量については、人口の増加率がプラスかマイナスかわからないので、一旦、ΔL / L = 0 と仮定します。
そうすると、経済成長率ΔY / Y がプラスになるためには Δlr / lr のマイナスを補うほど、資源生産性の伸びが必要になります。
GDP変化率 資源生産性の変化率 資源投入量変化率 労働投入量変化率
ただ、上の式は恒等式なので、因果関係を示している訳ではないということに留意する必要があります。
上田
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恒等式というのは、左辺と右辺がイコール、ということですよね?
細田
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恒等式とは各変数がどんな値を取っても成り立つ式のことです。
それに対して、方程式は、ある値の時にのみ成り立つ式のことです。数学で方程式を解いて、x=2 などと解を求めますよね。恒等式は、各変数がどんな値を取る場合もあるので、組み合わせが無限にあります。
上田
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なるほど。数式には解があるものだと思っていましたが、解のない数式というものもあるんですね。
細田
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それと、注意が必要なのは恒等式で要因を分解したとしても要因同士がどのように相関して、どのようなメカニズムが働くのかは示していません。
例えば、循環経済が実現され資源生産性が上昇して経済成長率が上昇する、というのはマクロ経済の均衡(マクロ均衡)によって説明されるべきものですが、恒等式によってメカニズムを説明することはできません。
ただ、恒等式の要因分解が重要なのは、「結果的に」どの要因が経済成長率を左右しているかが分かるという点です。つまり、事後に「後付け」として要因を分析することができる、という事になります。
先ほどの恒等式に戻りますと、
GDP変化率 資源生産性の変化率 資源投入量変化率 労働投入量変化率
ΔL / L で示した労働投入量の変化率は、労働者の人数の増減だけでなく、労働者のスキルが上がって2人でやっていたことを1人でできるようになると労働投入量は増加します。もっと言うと、労働者1人当たりの生産性が付加価値も含めて向上すれば、ΔL / L は増加します。
上田
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「生産性」が重要なんですね。
■労働生産性
上田
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先ほどの「生産性」というのは、労働生産性のことでしょうか。
労働生産性は「労働投入量1単位当たりの産出量・産出額」として表され、労働者1人当たり、あるいは労働1時間当たりでどれだけ成果を生み出したかを示すものです。「労働生産性が向上する」ということは、同じ労働量でより多くの生産物をつくりだしたか、より少ない労働量でこれまでと同じ量の生産物をつくりだしたことを意味します。
(出典)生産性とは日本生産性本部
細田
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労働生産性も、生産性の指標の一つです。
残念ながら日本の労働生産性は、OECD諸国の平均以下なんです。(出典)労働生産性の国際比較2023日本生産性本部
上田
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日本の労働生産性はアメリカの半分しかなくて、しかもOECD平均を下回っているとは思いませんでした。
労働生産性の算出には、付加価値額を労働投入量で割るので、日本は残業が多いから労働生産性が低い、と聞いたことがあります。一生懸命働きすぎなのでしょうか?(出典)労働生産性の国際比較2023日本生産性本部
細田
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過去からの推移をみると、残業時間だけでは説明できません。
労働生産性は、労働者のスキルが上がり少ない人数で生産できるようになったり、設備を導入して効率的に生産できるようになる、ということだけでなく、IT投資により経営効率を上げたり、生産する付加価値を上げることによっても上昇します。
■全要素生産性(TFP)
細田
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労働生産性は、労働に着目した指標ですが、全要素生産性(TFP:Total Factor Productivity)で経済成長率を説明しようとする方法もあります。この考え方は、労働や資源、エネルギーなど個別の要因に分解せず、技術進歩や生産の効率化、ブランド戦略、経営戦略も含めて、要素ごとではなくまとめて生産性の上昇率で表現しようとする考え方です。
TFPを高めるためには、技術的イノベーション、システムイノベーション、ヒューマンイノベーションの3つの革新を同時に進める必要があります。
個別の生産技術には常に改善、進歩の潜在力があります。
通常、生産性の上昇とは、この技術の改善や進歩、最近ではシステムの改善などによって生産効率が上昇することを意味します。ですので、誤解を恐れずに言えば、潜在的な生産性の上昇が技術改善・進歩によって可能になるわけです。ただ、それが経済成長として実現するためには、供給能力の増加に見合った需要が創出されなければならないということなのです。
そうでないと、技術の改善・進歩は潜在力のままで終わってしまいます。
上田
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供給に見合った需要の創出が重要、ということですね。
細田
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粟生木さんの質問に戻りますと、循環経済(CE)あるいは循環型社会を構築するには、制度的インフラストラクチャーと市場との協調が必要です。
今後は、ハードローによる誘導だけではなく、規格、認証なども含めてソフトローの誘導が重要になります。資源の循環利用を進めるのはあくまでもビジネスの力ですが、市場の変動に左右されない制御が必要です。そのためには、ミクロレベルでもマクロレベルでも動静脈連携をより緊密にしてゆく必要があります。
細田先生と粟生木様のご対談は今回で終了です。
ご対談をお伺いして、サーキュラーエコノミーだけではハッピーになれる訳ではないですが、ハッピーになる糸口のヒントとなるような気がいたしました。また、需要の創出、雇用の流動性、生産性の向上がとても重要と教えていただき、経済学を学んでみたくなりました。
最後まで、お読みいただきありがとうございました。