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海域の風況をどのように調査するのか?【後編】
−洋上風力発電の事業性を検討するために−

(本レポートは「産業と環境」2015年2月号に掲載されたものです。)

前回は、【前編】として「洋上風力発電の概要」、そして「洋上における風況調査手法」のうち、「観測手法」について説明しました。
【後編】では、ひきつづき洋上における風況調査手法」の「推定手法」から順に説明いたします。

海域の風況をどのように調査するのか?【前編】 −洋上風力発電の事業性を検討するために−

【3】洋上風力発電の概要

3-3 風況シミュレーション

3.1節、3.2節にて紹介した観測手法とは異なり、数値シミュレーションを用いて理論的に風況を推定する手法も多く利用されており、
①メソ気象モデル、
②数値流体力学(CFD)モデル、
③線形モデル
に大別される。
これらの風況シミュレーションにおいては、風況推定を行うプロセスに違いがあるため、表3に示されるように特性は大きく異なる。

比較する際に重要とされる項目として3つの要素が挙げられる。

1つ目は再現する空間解像度の大きさである。各モデルの再現手法イメージ(図4)に示されるように、メソ気象モデル(①)は数百m~数kmの空間解像度を対象とした計算を得意とし、これより空間解像度が細かい計算では計算精度が落ちるとされている14)
一方、CFDモデル(②)や線形モデル(③)では約十~百mの空間解像度においても精度良く計算を行うことができるため、複雑地形における風況も比較的高い精度で表現することができる。

2つ目は熱環境の再現である。メソ気象モデル(①)では熱的環境をはじめとした風況以外の気象要素も計算することができるため15)など、洋上における大気安定度等も再現することができ(図4)、沖合における推定手法としては風況シミュレーションの中で信頼性が最も高いと考えられる。そのため風力発電の分野ではエネルギー賦存量算定や予報分野において広く利用されている。一方、CFDモデル(②)や線形モデル(③)では風況以外の気象要素は考慮されない。

3番目に挙げられる比較要素は入力データの形式である。通常、メソ気象モデル(①)では格子状に空間分布するGPVデータ(3.4節)を入力データとして使用する一方、CFDモデル(②)や線形モデル(③)では基本的に1地点の風況観測値を入力データとして計算を行う。

そのため観測データの地域代表性が高ければ精度の高い風況推定が行えるが、周囲の地形影響を受けた観測データを使用すると風況推定の精度は著しく悪くなる傾向がある。

詳細は割愛するが、表3で記述されるモデルにおいて線形よりも非線形モデル、静力学よりも非静力学モデルの方が近似を行わない計算過程を採用しているため、計算結果の精度は高くなる一方、長い計算時間が必要とされる。また、複雑地形を対象領域内に含む風況推定にはCFDモデル(②)を用いる手法が一般的である一方、沖合の洋上では陸上の地形の影響が限定的であり、洋上においては大気安定度が風況に影響を及ぼすと考えられていることから、メソ気象モデル(①)を用いることが通常である。

しかし沿岸海域では陸上地形の影響を受けることや、配置計画を検討する際にはウェイク(風車後背流)まで考慮する必要があることから、対象海域の条件に合わせてメソ気象モデル(①)とCFDモデル(②)の特徴を生かした解析を行うことが推奨される。

3-4 既存データの活用

計画海域の風況をおおまかに把握する必要がある場合、既存の風況データを活用した風況調査を行う。

気象庁では全国に「地域気象観測システム(アメダス)」を整備しており21)、これらの気象官署やアメダス観測点などが風車設置計画海域の近傍にあり、その風況データに地域代表性が十分あれば風況シミュレーションの入力データなどとして活用できる。しかし多くの場合、これらの風況観測は低高度で実施されているため周辺施設や地形の影響を受けており、実観測における欠測データの補完や長期風速変動の算出(平年値補正、超過確率別期待値の算出等)として利用するのが一般的である。

また、気象庁では気象官署やアメダス観測点等の観測データを初期値とした数値予報計算を行っており、その計算結果(客観解析値)を外部に公表している22)。気象庁で公表している客観解析値は「メソ数値予報モデルGPV(MSM)」などがあり、時空間的に規則正しく並んだ格子点(GPV)で整備された複数年にわたるデータセットである。

なお、風況データは地上10m高及び気圧層別に収録されているため、風車ハブ(2MW級風車で80m程度)高へ鉛直方向補正をする必要があり、特に洋上では風況が熱的環境に影響を受けるため、大気安定度を考慮に入れた補正の方が精度は高い23)。また、メソ気象モデル(3.3節)を用いて解析することによって、物理過程を考慮した高精度の時空間的内挿を行うことができる。

【4】国内の洋上風況を知るために

洋上風力発電の分野は欧州がリードしてきているため、洋上風力発電に関する多くのノウハウを蓄積している。その欧州では、主に洋上風況タワーないし陸上風況タワーと線形モデルを組み合わせた洋上風況調査が行われているが、日本では同様の手法が適用しにくいと考えられている。

その理由として地形の違いが挙げられる。図5に示されるように、欧州では日本と比較すると平坦な地形が広がっていることから、風況に与える陸上地形の影響は限定的である。そのため風況シミュレーションについても、簡易化した計算プロセスを用いる線形モデルの精度で十分に風況推定することが出来る。さらに欧州では遠浅な海が広がっており、風況条件や景観の影響を緩和させる理由から、沿岸部よりむしろ沖合海域に着床式洋上風力発電が大規模に導入されている。

このように陸地から離れた海域においては、陸上地形の影響はさらに小さくなる。一方、日本では着床式洋上風車を設置できる浅い海域の多くは沿岸部に限られ、陸上の急峻地形の影響を受けるため、沿岸付近は地形起因の風速の増減速効果や風の乱れを考慮する必要がある。

それでは、国内ではどのような手法が有効なのだろうか。

【3】章に洋上風況調査のための各手法を紹介したが、実際には対象海域における周辺環境や事業性を考慮して、これらの手法を組み合わせた調査手法で実施することになる。

国内の洋上風況を調査するために、有効と考えられる風況調査手法の組み合わせ(表4)に示すように、一般的には観測と風況シミュレーションを組み合わせた手法が多く用いられる。

複雑地形の再現性が高いCFDモデルは、地形の影響がある沿岸海域で有用であるが、地域代表性の高い観測データがモデルの入力データとして必要である。そのため陸上の観測においては、地形の影響をある程度避けられるドップラーライダー観測ないし代表性が高い観測地点における十分に高度のある観測タワーが好ましいと考えられる。

一方、観測地点から距離が離れると精度が落ちるため、沖合海域では(CFDモデルのように)一点の観測値を用いるよりむしろGPVデータ(客観解析値)を入力データとしたメソ気象モデルの方が適している24) と考えられる。ただし、メソ気象モデルは多くの気象要素を扱うことから、十分な精度を確保するために海水面温度をはじめとした風況以外のデータやパラメタリゼーションについても適切に選択する必要がある。また、GPVデータは実測値ではないことから、これらデータ自体の持つ誤差を本質的に有しており、その点を考慮した解析を行うことが望ましいとされる。

さらに、得られた面的な風況条件に加えてGISを用いて自然的条件(水深・離岸距離・表層地質等)及び社会的条件(漁業権・国立公園・船舶航路等)による条件抽出を行うことによって、現実的なポテンシャルマップとして対象海域を面的に評価することができ25)など、実際に「再生可能エネルギー導入ポテンシャル調査報告書」26)などでそれらによる賦存量の推計結果等が公開されている。

【5】まとめ

海洋大国である日本において、大規模にエネルギーを作り出すことが出来る再生可能エネルギーとして洋上風力発電への期待は大きい。しかし、日本ではまだ実績が少ないため建設費用等のコストについても十分な知見が集まっておらず、さらに洋上風況の調査の精度も一般的に陸上より低い。その事業性評価の水準を向上させるために、洋上風況を精度よく調査できるようにすることが重要である。

欧州と地形や気象条件が大きく異なる日本の洋上風況を調査するためには、欧州で実用化されている風況調査手法をそのまま取り入れるより、日本の自然環境に適応する形の観測手法及び風況シミュレーション手法を用いることが望ましい。近年ではドップラーライダーが風況観測用として広く導入されており、欧州でも実績のある鉛直照射型のみならず国内では斜め照射型も開発されている。これは、着床式洋上風力発電が主に沿岸域を対象海域とする日本に適した観測手法と考えられ、洋上風況を陸上から直接観測することができることから、高精度かつ安価に洋上風況を調査することができると期待される(図6)。

現在、複数の洋上風力発電所プロジェクトが国内で計画されており、今後その数はさらに増えるであろう。それに伴い、計画海域の洋上風況調査が行われて、本書で紹介したような洋上調査手法の知見が蓄積されていくことが期待される。日本の環境に適合した信頼性の高い手法が確立されるために、各フィールドにおける調査手法やその検証結果に関する情報共有が求められている。

【参考文献】

  1. 辰巳賢一, 竹見哲也, 石川裕彦(2008)WRFモデルを用いた高解像度気象シミュレーションシステムの構築:豪雨の事例解析, 京都大学防災研究所年報, No.51B, pp.437-448
  2. Mizuki Konagaya, Maki Takahashi, Hideki Kato, Etsuro Inui, Shinichi Sugioka, Yoku Takatsu(2014) Simulation of vertical flow above the marine waters around the floating offshore wind turbine and the possibility of impacts on birds, GRE2014, 27 July - 1 Aug, 2014, Tokyo.
  3. WRF users page
  4. 谷川亮一(2003)LOCALSTM による風況シミュレーションモデルの開発と風況評価, ながれ, 22, pp.405-415
  5. 石原 孟(2003)非線形風況予測モデル MASCOT の開発とその実用化, ながれ, 22, pp.387-396
  6. 内田孝紀, 大屋裕二(2003), 風況予測シミュレータ RIAM-COMPACT の開発 ―風況精査とリアルタイムシミュレーション―, ながれ, 22, pp.417-428
  7. N. G. Mortensen, I. Troen, L. Landberg and E. L.Petersen: Wind atlas analysis and application program(WAsP)(1993), Risø National Laboratory, Denmark.
  8. 気象庁, 過去の気象データ検索
  9. 一般財団法人 気象業務支援センター, ファイル形式データ配信
  10. 大澤輝夫, 片岡顕, デトレフ ハイネマン(2006)日本列島周辺海域における風車ハブ高度での年平均風速分布に関する研究, 風力エネルギー, Vol.30, No.3, pp.109-112
  11. 石上一輝, 大澤輝夫, 見崎豪之, 馬場康之, 川口浩二(2014)メソ気象モデルWRFを用いた2種類の海上風推定手法の精度検証, 第36回風力エネルギー利用シンポジウム講演論文集, pp.349-352
  12. 山口敦, 石原孟(2007)メソスケールモデルと地理情報システムを利用した関東地方沿岸域における洋上風力エネルギー賦存量の評価, 日本風工学会論文集, Vol.32, No.111, pp.63-75
  13. 環境省(2011)平成22年度 再生可能エネルギー導入ポテンシャル調査報告書

根本 小長谷 この記事は
イー・アンド・イー ソリューションズ
小長谷・根本 が担当しました

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