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環境リスク規制の政治学的比較 その9
~規制者の権限と制度~

関西学院大学 法学部 准教授
早川 有紀(はやかわ ゆき)様

関西学院大学 法学部
関西学院大学 教員・研究者紹介ページ
リサーチマップ:早川 有紀

【その9】規制者の権限と制度

■規制を中心としたガバナンスモデル

1980年代以降に西ヨーロッパを中心として、規制を中心とするガバナンスモデルがうまれたとする研究があります。

特にヨーロッパで規制が拡大した理由として、規制する役割が加盟国から「ヨーロッパ共同体(European Community:以下、EC)」に移ったことが挙げられます。

規制政策は予算が小さく、経済政策や、福祉政策など他の政策に比べて、必要とする予算が少なく、各国の利害調整が比較的容易であるという特徴があります。規制範囲を拡大することによって加盟国の中で EUの影響力を高めることができるため、経済活動における共通のルールづくりはEC全体の利益となり、規制の数が大幅に増加しました。

つまり、規制者が加盟国からECに代わり、EUレベルの規制政策を形成するインセンティブを持つことによって規制の数が増え、規制を中心とするガバナンスがうまれた、ということです。

このように規制政策を形成する側に、どのような権限が与えられるかによって規制システムに違いが生じます。

規制者の権限とはどういうことですか?

規制者の権限は、法やルールといった政治制度によって規定されます。政治制度が異なると、誰が政策形成に関われるのかといった政策形成に影響を与えるアクターも異なるため、規制者の権限も異なります。

EUだと、欧州委員会が中心となって政策形成をするか、あるいは加盟国が中心となって政策形成をするかでは、規制内容の実態が大きく異なります。
例えば、農業政策や競争政策では単一市場の形成のためにEUが加盟国に対して共通の規制を形成しようとしますが、社会保障政策や財政政策は各国の税制や給付に関わるため加盟国が中心となって規制が形成されます。

■政策課題の設定

政策立案の段階において規制者は、問題とすべき対象とその問題について最終的に目指すべき状態を明確にした上で、具体的な政策課題を設定し規制内容の基本的な方向性を定めます。

特にリスク規制に関する政策課題において、Goffmanが1974年に提唱した、「フレーミング(framing)」という議論が、その対象や範囲を定める上で重要です。

フレミングの法則しか思いつきません(笑)

「フレーム」とはある出来事の一部を切り取ることですが、「フレーミング」とは問題の外形や状況の定義を決める、つまりフレームを定めることを指します。

前回触れました通り、リスクには科学的不確実性がありますので、リスクを含む社会的な問題に関しては、フレーミングのあり方によって政策課題の設定そのものが異なってきます。

(参考)環境リスク規制の政治学的比較 その8 ~リスクに対する規制政策の特徴~

前回ご紹介いただいたリスク評価で「事象の大きさをどう定義するか」と教えて頂きましたが、これがフレーミングに当たるのでしょうか?

リスク評価とフレーミングは異なります。フレーミングは、何をどのような問題として扱うのかを決めるとうことを意味し、リスクを取り巻く背景や課題とされる事象について決める行為ですので、リスク評価よりも前の段階で行われます。

フレーミングはよくメディア論で使われていて、事象や問題を取り上げるときに角度や文脈を決めることによって、人の認知に影響を与えることをいいます。

報道するときにどういった視点から報道するか、例えば同じ問題でも個人の置かれた状況に着目して報道する場合と、その経済・社会的背景に着目して報道する場合とでは、報道から受ける印象はかなり異なると思います。

このことは政策課題の決定についても同様です。例えば、マイクロプラスチックの問題ですと、プラスチックが人間の体内に入る可能性を問題と見る場合と、プラスチックによって生態系や環境への悪影響が生じることを問題と見る場合とでは、扱うべき課題も異なります。
前者なら、マイクロプラスチックが人間の身体に入り込むことをいかに防ぐかが重要になるでしょうし、後者なら、マイクロプラスチックが自然環境に排出されることをいかに防ぐかが重要になるでしょう。

予算や時間などの制約によって、すべてを取り上げて政策課題とすることができないので、何を問題の中心に据えてどこまでを扱うのか、というフレーミングが政策課題を設定する上では重要です。

フレーミングによって何をどのような問題として扱うか(どのようなリスクをどの問題について扱うか)が決まると、何についてどういったリスク評価が必要か、ということが決まるという形です。フレーミングが異なれば、リスクの対象もその評価方法も変わるということです。

特にリスク規制については、誰によってフレーミングが行われるのかが重要です。
科学的知識の不確実性や、技術の社会的利用のあり方に関する不確実性がありますので、フレーミングの設定・再設定によって政策が変化することが指摘されています。

■政策の担当部局

一般的な政策形成の場合、政策を所管している部局がフレーミングを含めた政策立案を行います。もちろん、政治的に政策形成される場合もありますが、化学物質規制のように環境や健康に与える影響が広範な場合には、大きな事件や事故が起こるなど社会的な関心が高くならない限り政策形成においては官僚組織や業界団体などが中心的役割を果たすことが多いと考えられます。

政策を所管している担当部局は具体的な計画を策定し、利害関係者や他の省庁の担当部局と調整を行い、規制案を作成します。さらに立法機関(日本の場合は国会、EUの場合は議会とEU(閣僚) 理事会)に所属するアクターに対して、様々な根回しを行うなどして規制案を通そうとします。

また、成立した規制(日本では法律、EUでは規則、指令など)に基づいて、実施における下位のルール(日本では政令、省令など、EUでは各国法など)が定められます。このため、規制案作成後に立法機関によって修正が加えられたとしても、規制者が作成する規制案は規制内容の方向性を定める重要な役割を果たしています。

■規制者と被規制者との関係

規制政策において、被規制者との関係が重要であることが先行研究によって示されています。一般的に、規制者である政府と被規制者である企業は、対峙する関係にあるといえます。

一方で規制内容は規制者と被規制者で合意できる内容にする必要があるので、最終的な規制ルールを決める段階では規制側と被規制側はある程度協力して内容を調整する必要があります。

「規制の虜(regulatory capture)」論では次のようなことが示されています。ひとつは規制者が規制基準の策定や実施に必要な資源や情報を持っていない場合に、被規制者がそれを補う役割が求められていることです。

もう一つは、規制が実施できない内容だった場合には、規制が存在する意味が薄れてしまうので、規制者と被規制者が規制内容についてある程度合意できる内容にすることで、規制の実効性を高められるという意義もあります。

このように、規制者が被規制者の有する個別利益に対して、どのような枠組みでどの程度配慮するかによって、規制者が被規制者の権利を制限する程度、つまり規制の厳格さが変化することになります。


ここまでお読みいただきありがとうございます。
次回は、規制内容に影響を与える要因とそのメカニズム について説明します。


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