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環境リスク規制の政治学的比較 その3
~政策課題の設定~

関西学院大学 法学部 准教授
早川 有紀(はやかわ ゆき)様

関西学院大学 法学部
関西学院大学 教員・研究者紹介ページ
リサーチマップ:早川 有紀

日本と比較してEUで厳しい環境リスク規制が成立した理由を考えるに当たり、今回は政策形成過程における政策課題の設定についてご説明します。

【その3】政策課題の設定

リスク規制では、生じる可能性のあるリスクや予防すべき悪影響をどのように捉えるか、ということが重要になります。その際に、どのように政策課題を設定するかが政策的な問題になります。

政策課題を設定することが政策的な問題ですか?禅問答みたいですね。

例えば、有害物質は、慢性的な毒性と長期的な残留性という性質をもつので、環境リスクの中でも重要で代表的な位置づけがなされています。また、化学物質政策は環境保全だけでなく、公衆衛生、原子力利用など他の政策領域においても重要ですし、農薬、食品安全、医薬品、建築などの分野でも確認できます。ですので、化学物質規制政策を分析する事で、リスクに関わる他の政策領域を分析する際の参考にもなります。

科学技術が発展する中で、科学技術に関わるリスクを社会の中でいかに適切に管理して、大きな被害や悪影響を予防するかという問題は、とても重要な課題です。

今までにもさまざまな角度から分析がなされてきました。例えば、

法学では規制に関わる権利義務関係の規定に、
科学技術社会論では技術と社会との関係性と社会的合意形成のあり方に、
生物学では毒性学の視点からの動植物に対する影響に、
社会心理学ではリスクが人の心理や行動に与える影響に、それぞれ焦点が置かれます。
他方で、これらの学問領域は、リスク規制の内容に影響を与える政治制度やそれにより規定される行政組織を、中心的な分析対象としていません。

ですので、環境リスク規制を政治学的に分析してみようと思いました。

リスクアナリシス(リスク分析)

先進国では「リスクアナリシス(リスク分析)」という枠組みが運用されています。リスクアナリシスとは、リスクを最小限に抑えることを目的とした分析手法で、リスクを専門的に分析し評価する「リスク評価」、リスクにかかわる政策形成全般を担う「リスク管理」、リスクについて市民、専門家、行政機関、マスコミなど広く社会の間で議論をする「リスクコミュニケーション」から構成されています。もっとも、リスクアナリシス自体は先進国で共有されていますが、リスク規制の内容に違いがあります。

この違いを説明するためには、政治制度に着目する必要があると考えています。政治制度とは、政治や政策のあり方を決める仕組みや決まりのことです。たとえば、アメリカでは多元主義といって多くの利益団体が立法に関わる仕組みとなっていて、利益団体は登録などは求められるものの、政策形成過程に関与することができます。

法律などによって政策形成過程に参入するためのルール(決まり)が規定されています。政策形成過程に参入するための障壁が高くなっている場合、そこには限られたアクターしか関わることができませんが、逆に参入障壁が低く設定されている場合、多くのアクターが参加できます。このように、政治制度が違えば政策形成過程が異なってきます。

私どもも、有害物質のハザード(有害性)を管理するという意味で「リスク管理」という言葉を使っていますが、政治学的な「リスク管理」はもっと広い範囲を扱っているのですね。

リスクアナリシス(リスク分析)はリスク研究の発展に伴って進化し、環境、健康、保険、金融などリスク一般をコントロールする際に用いられてきました。特に1990年代以降は、科学的評価だけではなく社会的評価も含めて政策決定を進める方向に進み、市民と専門家との双方向的なリスクコミュニケーションが重視されるようになってきました。

出典:平川(2011:4)を参考に筆者作成

政策形成過程にリスクアナリシスを位置づけると、この図にあるように、リスク管理とリスク評価は、行政組織を中心とした政治の領域から科学者を中心とした科学の領域への諮問がなされ、その結果が科学の領域から政治の領域へ答申されるという関係にあります。

リスク管理は、政策課題の設定からその実施に至るまでの、リスクに関する政策形成過程の広い段階に関わるので、リスクアナリシスの中でも重要な要素です。

特に、どのように政策課題が設定されるかによって、何に注目するか、何を目的とするかが変わってきます。例えば、化学物質政策では化学産業の発展に焦点を当てるのか、あるいは化学物質の削減に焦点を当てるのか、によってどのような政策を作るかが変わります。そうすると、政策帰結である規制の内容も変わることになります。

冒頭の、政策課題を設定することが政策的な問題という事ですね。

そうです。従来のリスク研究では、リスク管理における政策課題の設定に焦点が当たりにくかったので、政治学や行政学のアプローチによって行政組織が政策課題の設定にどのように関わるのかに焦点を当てました。

リスク規制の難しさ

リスク規制では科学的不確実性や専門性が極めて高いため、政策決定における法治行政原理や行政活動への民主的統制の観点に、より注意を払う必要があります。科学的な知見も長期的に見ると不確実である可能性があり、将来生じる悪影響の程度または生じる頻度が低い事象に対して事前介入するために、政府は誰もが納得する形で規制する根拠を提示するのがとても難しくなります。

一般的に、こうした問題では、専門性が高い上に、個別の問題を取り巻く状況に応じた政策的判断が求められます。さらに、限られた時間やコストの中で、こうした政策的判断を行っていかなくてはいけません。

100%絶対こうなる、と分かっていない中で規制をする難しさですね。

リスク規制の規制者は行政組織であることが多いですが、規制者が被規制者に対してどのような権限や責任を持つか、さらに実施に対して権限や責任をどの程度有するかによって、課題設定や政策形成の特徴が異なってきます。

例えば、政策課題の設定については、より多くの資源を持っているアクターほど政府の政策課題の設定に影響力をもつことができます。また、解決すべき政策課題とされる課題や政策案だけでなく、政治の流れのような外部環境も重要です。重大な出来事が政策課題の設定に影響を与えるという議論もありますが、十分に研究されてはいません。

政治制度を起点とした政策課題の決定やその意思決定に関する枠組みを提供することで、規制政策の課題設定とその過程にかかるメカニズムと規制行政の実態に関する知見を得ることができます。

比較政治学としてのアプローチ

EUでは1990年代以降は化学物質にかぎらず、環境全般、食品安全、消費者保護といった分野で予防をめぐる厳格な規制が次々に導入されました。これはアメリカや日本など他国に比べても、「逸脱」していたといえます。これは大変興味深いテーマであり、他の国と比較してその理由を明らかにする事にも大きな意味があります。

日本とドイツなどの国ではなく、「EU」と比較するのですか?

従来の比較政治研究では、日本とEU加盟国各国の政治や政策間の比較分析が行われ、日本とEUが比較されることはありませんでした。日本の様な単一国家と、EUの様な超国家的機関では、制度構造が大きく異なるためです。しかし1980年代半ば以降、特に環境政策の形成に関して、EUの加盟国を取り巻く状況は劇的に変化しました。

1986年の単一欧州議定書調印を契機として、EUレベルの環境規制の統合が制度的に進みました。それにより規制内容の決定プロセスの重心が、加盟国レベルではなくEUレベルに移行しました。

環境規制の様にEUが規制内容を具体的に定める構造を有している分野については、加盟国それぞれの国における政策形成過程に着目するよりも、EUレベルの政策形成過程を重視して分析する必要性があります。

EUとして規制の枠組みを具体的に決めているので、なぜ厳しい規制が成立したのかを考える際には、EUの政策形成過程を分析する必要がある、という事なのですね。


ここまでお読みいただきありがとうございます。
次回は、リスク規制に影響を与える要因について、お伺いします。


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