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拡大生産者責任制度について その6
〜海外のリサイクル法制事情と日本の違い〜

国立研究開発法人 国立環境研究所
資源循環・廃棄物研究センター
循環型社会システム研究室 室長
田崎 智宏(たさき ともひろ)様

国立研究開発法人 国立環境研究所
資源循環・廃棄物研究センター

「EPR」という言葉をご存知ですか。
EPRは、Extended Producer Responsibilityの略で、日本語では、「拡大生産者責任」と呼ばれています。
2014年は家電リサイクル法、容器包装リサイクル法、自動車リサイクル法等の見直しの年でもあり、その中で、「拡大生産者責任」という言葉を聞く機会もあったと思います。

今回は、家電リサイクル見直しに関する議論が行われていた中央環境審議会 循環型社会部会 家電リサイクル制度評価検討小委員会の委員でもある、国立環境研究所 資源循環・廃棄物研究センター循環型社会システム研究室 田崎さまに、「拡大生産者責任」についてインタビューをさせていただきました。

【その6】海外のリサイクル法制事情と日本の違い

その4、その5では、日本でのリサイクル法の状況や、拡大生産者責任という視点から解説していただきました。

欧州では、どの様な状況なのでしょうか?

リサイクル法を制定する際に、全体目標を立てるという点ではEUが進んでいると思います。
EUのいろいろな環境施策は、まずちょっと遠い未来の高い目標を立てて、それに向けて進めていく、という特徴があるように感じます。目標をつくってPDCA(plan-do-check-action)を行うというのは西欧的な発想なので当然かもしれません。

また、EUはそもそも目標を決めやすい体制になっているともいえます。
EU加盟国によって廃棄物処理の事情が違うので、リサイクル法の細かいチューニングは各国でやってもらわないといけません。

EUの法律はいくつかの種類があるのですが、EU全体に効力のある「規則(regulation)」であればEU全体で一律の規制が行われますが、リサイクル法は「指令(directive)」であることがほとんどです。
指令では、EUが目標や枠組みを定め、それを実現する方法等は各国に委ねられています。
このような体制だからこそ、EUの指令は目標を設定していることが多いのでしょうね。
環境政策をやっている立場からすると、EUの体制は本質論の一番重要なところをまず議論するということができるので、時々羨ましいなと思う部分でもあります。

日本の場合は、いきなり局地戦に入る印象がありますね。リサイクル法に関する最近の審議会の議事録を見ていただければわかると思いますが、各論で終わっていることが多くなっていると感じます。本質的な意見もところどころ出ますが、各論にかき消されているような状況です。
ただ、最近の議論が各論に走ってしまうのは、日本のリサイクル制度があるステージにまで到達したからなのだとも思います。

リサイクル法を制定した時点では、「今までは埋め立てられてきた廃棄物をリサイクルしよう。」という分かりやすいビジョンがありました。
そのためにできることをいろいろと考えて、どんどんシステムを立ち上げてきた。リサイクル法は、この立ち上げに多いに役立ちました。今は、それがある程度成熟状態にきていて、リサイクル法における旗振り役としての機能がだんだん弱ってきていると思えるのです。

今回の家電リサイクル法の見直しは、当初に考えたことを大体できるところまで来たので、その次は何をすべきかを議論する時期に来ていました。
例えば、もっと高度なリサイクルをするのか、もっと2R、リデュースやリユースを進めるのかなどです。議論の結果、先ほど言いました「もっと集める」という方向に舵を切ったというのが今回の見直しの要点です。
大きな論点としては、費用支払いの仕組み、いわゆる後払い、前払いの議論があったのですが、この議論は賛成、反対ということに終始しがちで、何のための前払い、後払いかという目的がおろそかになりがちです。そのようななかで、「集める」ことの問題認識が関係者で共有でき、目標設定にまで至ったということについては一満足できる結果であったと思っています。

アメリカはどのような状況ですか。

アメリカは日本のように、先に法制度ありきではありませんし、欧州とも大きな違いがあります。
北米は「プロダクトスチュワードシップ」という言葉の元に、カナダ、アメリカ各州でいろいろな制度が出来ていますが、国全体での法制度はありません。

プロダクトスチュワードシップですか?

綴りは、Product Stewardshipです。Stewardshipとは、「管理、財産管理の職務、世話役を務めること、受託責任」というように、預けられたものなどを責任をもって管理するという意味があります。
そのため、「プロダクト・スチュワードシップ」では、生産者だけでなく、販売したり使用したりする人も含めて、関係する主体が責任を果たそうという意味がでてきます。ただ、拡大生産者と同じ意味と説明されることも少なくなく、能力が高いとされる生産者の役割は拡大生産者責任と同様に重視されています。

アメリカの社会背景でもあるのですが、自由を尊び、市場や社会に委ねられるのであれば、法制度を無理には作らなくてもよいということがあります。
拡大生産者責任の法制度のように「責任」を明確化してトップダウンで規制するのではなく、先進的な市民団体や環境NPOなどとの対話を行いながら、生産者がボランタリーな活動を展開し、それでうまくいけば、政府が動く必要は無いという構図です。

北米の市民団体や環境NPOなどは組織力や発信力が強く、しっかり機能しているために、メーカーはこれらの団体から「環境責任」を追求されるという状況も一役買っているでしょう。メーカーはそれらに対応して「こういうことをします」と言って行動し、またそこで議論を噛み合わせて行くということがなされます。

日本は、環境関連の団体は数多くあるのですが、アメリカに比べると力が違いますね。組織力という点でまず違うと思いますし、主張する内容も政策レベルで議論ができるところとなると本当に限られてしまいます。

拡大生産者責任の適用についても、国によって異なるんですね。

そうですね。
拡大生産者責任の制度の特徴の一つに、廃棄物処理の責任を自治体から生産者に移すということがあります。拡大生産者責任の適用を自治体から生産者に移すことを、生産者がどう捉えるかによって、彼らの意気込みや拡大生産者の適用の仕方が変わってきます。

たとえば、ドイツの容器リサイクル法(容器包装令)は1991年に制定されましたが、企業がビジネスチャンスとして入りこんだという背景があります。
リサイクルをするために廃棄物処理が自治体の手から離れることで、リサイクルの能力のある事業者は「自分たちがリサイクルに関わって、新たな市場を開拓することができるビジネスチャンスだ、それもヨーロッパ全土でやれるかもしれない。」と捉えたわけです。

日本の場合はどちらかというと、容器包装は有能論ではなくて原因的な話で責任を負わされているという感じですね。企業は「そんなところは関わりたくない」と捉えていますので、企業の意気込みはおのずと変わってきます。

家電リサイクル法については、メーカーが前向きでは無い時期も90年代にはあったと思いますが、必要なリサイクル費用を手当てしてくれる仕組みになり、自分たちの能力が活かせるところは活かそうという雰囲気にはなっていると思います。

一方、途上国では、製造業が発展しておらず輸入品に依存しているところもあります。輸入品に対しては国内にその生産者がいない場合には、どう考えるのでしょうか?

まず、「生産者」というのは基本的に輸入業者を含んでいます。
しかし、輸入業者は製品そのものの設計はしないので、輸入業者がすごく多い国や、製造業者が全くいないような国に、先進国と同じような拡大生産者責任制度をつくっても、製品設計に関しては効果がありません。廃棄物の適正処理やリサイクルにおける効果のみに期待し、製品設計については別の仕掛けを考えなければなりません。

それから、これまで拡大生産者責任が導入されてきた先進国は製造業者も含めて関係者が全部いますが、途上国では製造業者がいないとか、リサイクラーがいないとか、そもそも自治体が廃棄物の回収や処理すらきちんとできてないとか、そういった状況にあります。つまり、先進国で想定できるようなプレーヤーが全員揃っていない状況のなかで、拡大生産者責任をどのように導入するかという話をしなければなりません。政治的な行政の力と企業の力、このパワーバランスも先進国とは異なります。先進国と同じような発想で拡大生産者責任を導入したらうまくいかないことは間違いないと思います。

途上国や輸入過多の国や地域においては、プレーヤーがいない部分をどうやってゆっくりと育て、育成しながら確立させていくかというのが、スタートラインになるでしょう。

拡大生産者責任の途上国への適応ですね。

はい。今後、拡大生産者責任の考え方をアジアや全世界にどんどん広めていこうというのが、現在進められているOECDガイダンスのアップデート作業の一番の目玉だと私は思っています。
OECDのガイダンスマニュアルは2001年にできて現在に至っていますが、既にリサイクル制度をつくった先進国でも見直しが何度かされ、途上国もどんどん展開されてきていて、今はまさしく転機を迎えている状況だと思います。

その中で、「責任」という言葉を使うかどうかは慎重にした方がいいと思っています。言語によっては悪者扱い的な責任論になりかねず、この言葉を使うことで長年の論争を招くことも起こりうると思います。
日本も、場合によっては違う言葉に変えて議論をした方がいいかもしれないですね。違う言葉といっても「スチュワードシップ」という表現では日本人にはなかなかピンとこないと思いますし、今のところ、適当な言葉は見つかっていないですけど。責任よりも何を実現したいかという目的を重視するという「態度」の話かもしれません。


ここまでお読みいただきありがとうございます。
次回は、環境政策の今後についてお話しをお伺いしています。


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