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理化学研究所 井藤賀さん「コケ」を語る − その3

独立行政法人理化学研究所
植物科学研究センター
生産機能研究グループ 上級研究員
井藤賀 操 様

独立行政法人理化学研究所
植物科学研究センター

DOWAでは理化学研究所と「コケ」による排水浄化について共同研究を行っています。
この研究のカギを握る「コケ」研究の第一人者である独立行政法人理化学研究所の植物科学研究センター井藤賀操博士に「コケ」についてお話をお聞きしています。

今回は、コケとはいったいどのようなモノであるのか、いろいろな視点からお話いただいています。

「コケ」と一般的に言われていますが、コケは何者なんですか?
例えば藻や地衣類の仲間ですか?

コケ植物は、陸上植物です。陸上植物には他にシダ植物、裸子植物、被子植物がありますがコケ植物に特徴的なのは、「維管束が発達しなかった」ということです。
つまり、陸上の非維管束植物が、コケ植物という訳です。
維管束が発達しなかったということは、どういうことかといいますと、つまり根、茎、葉の区別がない「からだのしくみ」をしているということです。ただし立派に光合成をすることができます。
コケ植物は、光エネルギーと二酸化炭素をつかって有機物を生産することができる独立栄養の生き物です。ちなみに藻類はもっと原始的な生き方をしています。
植物のような独立栄養的な生き方をしているものもありますが、動物のような従属栄養的な生き方をしているものもあります。
ややこしいんですが、コケ植物と藻類では明らかに生きてきた系譜(系統)が違うのです。

あと、そうですね、コケ植物は、地衣類とは間違えられやすいですね。
地衣類のほとんどが「なんとかゴケ」という名前だからでしょう。
地衣類は、「藻類」と「菌類」の共生体です。分類学上、地衣類は菌類に属します。
食べる・食べないでよく聞かれますが、中国では、ヒトが地衣類を普通に食べています。
あと川魚が餌にしているものは全て藻(も)「藻類」なんです。コケ植物は、ヒトにも川魚にも食べられたりすることはありません。
ただ、コケ植物は現生の「シャジクモ」と言う「藻」を起源として川から陸に上陸した群であると言われています。

水からの上陸!太古のロマンですね。
ところで、コケというとお寺の境内や石垣が苔むしているのを思い浮かべますが、井藤賀さんが研究されているのは、あのコケですか?

そうです。
主に「ヒョウタンゴケ」と言うコケの研究なのですが、ちょっとここで、コケの成長と繁殖のプロセスを説明しますね。
まず、胞子からスタートしましょうか。
胞子は、「たね」のようなものだと思ってください。この胞子が発芽して直鎖状の原糸体細胞を平面的に地面に広げていきます。この状態は、藻とそっくりです。
この原糸体細胞は糸状の平面ネットワークなんですが、途中から立体的な構造物、芽をつくります。芽はやがて茎葉体へと発達していきます。
茎葉体は背丈が5mmくらいで、一般にコケと思われているのは、この茎葉体の集合体「群落」なんだと思います。
茎葉体はオスとメスがあり、精子と卵をつくり、受精して、胞子体ができ、胞子が詰まっている胞子嚢ができ、胞子が形成されます。

コケの繁殖とサイクル

コケの繁殖とサイクルの図

ヒョウタンゴケの胞子体は、ヒョウタン型に見えるのでヒョウタンゴケといいます。ヒョウタン部分には胞子嚢が入っていて、胞子体の背丈は5cm位なんですが、これが春になると胞子を広範囲に散布します。そして個体としてはその後枯れてしまいます。

サケが産卵後に死んでしまう様なものですか。

そうですね。植物では1年生と呼ばれますね。
ヒョウタンゴケの場合、毎年胞子は生産され、広く散布されて枯れていきますので、ヒョウタンゴケの分布域は、どんどん移動していくんです。そんなこともあってヒョウタンゴケは「逃亡者」ともいわれてます(笑)。

コケは皆1年生なのですか?

ヒョウタンゴケは1年で1サイクルですが、コケのサイクルは種類によっていろいろです。1年から2、3年のサイクルというのが多いと思います。
勿論、ずーっと居座りつづける種類もあります。ホンモンジゴケのように生育環境との因果関係が深い種類は環境が変化しない限り、胞子を生産することなく、何十年間もずーっと居座りつづけます。

結構長いですね。サイクルが長いと栽培して増やすのは大変ですね。

そうなんです、それで今回の金属回収の研究で用いている「ヒョウタンゴケ」は原糸体細胞の状態で殖やしてしています。
原糸体細胞だと、無性的に「分裂」して殖えることができるので大量生産しやすいのです。

コケの解りやすい特徴は何ですか?

うーん。なかなかいいご質問ですねえ。
中学生くらいで習う食物連鎖のピラミッドを覚えていますか?コケ植物は光合成をしますので、生態の中での役割は、生産者に位置づけられるのです。・・・にもかかわらず「捕食されない」という特徴があるんです。
例外として、コケを昆虫が食べる事例が報告されていますが、非常に稀です。
コケの防御機構なのだと思いますが、コケにはアルカロイドなど、食べると中毒を起こしてしまうような二次代謝成分が多く含まれているんです。

コケの研究として、なにか他の事例はありますか?

そうですねぇ・・、国内では、徳島文理大の浅川研究グループが、抗がん剤への応用にむけた発表などをされた時期があり注目されたこともありましたが、現在、産業用として研究されている物質はまだ無いと思います。

コケが産業用として利用されていないのはどうしてですか?

私の考えるところ、コケは量産が難しかったため、産業用のスケールでの培養ができなかったことが理由のひとつではないかと思います。
また、私が大学にいた1990年代頃は植物の研究の中では「コケは役にたたない」と言われたりしていましたので、培養しようとする人もいなかったのかもしれません。名前すらわからないような生き物として存在しつづけた時代もつい最近までのことですから、なかなか産業化の対象にはなりにくかったのかもしれませんねえ。

実際、農学部を出るときに「コケは何の役に立つんですか?」という質問をあびせられて、当時は、「食料増産に向けた土壌浄化に役立つんです」という視点でなんとか説明していました。(笑)

「役にたたないもの」と植物の専門の方から言われてしまってはコケもかわいそうですね。(笑)でも「役にたたないもの」や「無駄なもの」って、理由なく魅力ありますよね。本当に利用方法がなかったんですか?

当時は本当に「役に立たない」と言われていましたね。
その後、低炭素社会という時流がやってきて、「コケの植物としての基本機能であるCO2固定化と蒸散による温度コントロール」という機能を活かして、壁面緑化という利用価値がでてきてはいます。

私が就職した会社での壁面緑化の研究の時には、まず確立されていない栽培方法の研究を進め、「エゾスナゴケ」で栽培システムを作ることに成功しました。
現在では栽培方法が確立して、いろいろな会社が緑化のビジネスを展開していますね。
実はその時、栽培の採算性という点で検討したところイネを栽培するより採算性が高いという結果が出たんです。
農業従事者が高齢化する中で、手間のかからないコケ栽培を田んぼでやるという選択もあるのではないかと思ったこともありました。

「役に立たない」と言われていても、自然界にあるということは何かの役割を担っていると思うんですが・・。

そうですね、パイオニア的な要素を担う植物がコケ植物の役割でしょう。
無機的・鉱物的なところへ先駆的に突入して適応できるのがコケの大きな役割ではないでしょうか。
コケには熱帯でも寒冷地でも育つ種類や、地球上どの気候帯でも育つような種類があります。やはりパイオニア的な生き物であって他の植物が適応できない環境で光合成を営む係なんでしょう。ただし、海水は苦手ですね。
あとコケは植物ですから光合成によって水と空気中の二酸化炭素から炭水化物や酸素を作り出しています。・・これではどの植物も同じですね。
それから、ロシアやカナダの大地をおおっている「ミズゴケ」が、泥炭(ピートモス)としてCO2を固定しています。地球規模でのCO2固定化に貢献しているといえますね。

そうそうコケ植物の「どこにでも育つ」という性質が、私の日常生活においては案外やっかいものなんですね・・・。
どこに行っても「コケ」を目にすることがあるため、家族や友人と旅行に行ったりしても、あのお寺にはあのコケがあったとかばっかり覚えているんです。
一方でそれがどんなお寺だったか覚えていないことはよくあります。(笑)

ここまでお読みいただきありがとうございます。
次回は、「コケ」はなぜ・どのように金属を蓄積するのだろうか。金属蓄積のメカニズムが解るのか?について掘り下げてお伺いしています。

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