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環境リスク規制の政治学的比較 その5
~政治的要因 その1 アイデア~

関西学院大学 法学部 准教授
早川 有紀(はやかわ ゆき)様

関西学院大学 法学部
関西学院大学 教員・研究者紹介ページ
リサーチマップ:早川 有紀

【その5】政治的要因

政治的要因としては、①アイディア、②利益、③制度の3つに整理されます。

1. アイデア

アメリカで連邦政府が健康に関するリスクをそれほど考慮していない時期に、EUでは「予防原則」というアイディア(考え方)があったので、政策基準が予防的なものへ変化し、REACH規制、RoHS指令、WEEE指令といった化学物質規制が強まったというものです。

特にEUで2006年に成立したREACH規制については、食品安全政策など他の分野で予防原則について議論がなされたことがREACH規則を強化する役割を果たしたことや、過去の政策における失敗の積み重ねによって広がったリスクを予防的に規制する事に対する世論が高まり、化学物質規制を予防的なものに変えようとする要求が生じた事が指摘されています。

過去の政策の失敗の積み重ねというのは、例えばどういう事ですか?

ドイツでは酸性雨や光化学スモッグによる森林破壊への対応の遅れがあり、こうした環境汚染を防ぐという考え方から1970年代以降に「予防」の考え方が進みました。

EUでは、1992年に調印されたマーストリヒト条約第174条第2項において、予防原則が環境政策の原則であることが示されています。EUの規則や指令の中でも予防原則が明示的、黙示的に採用されてきました。そして、欧州委員会は2000年のコミュニケーションペーパーにおいて「予防原則」の適用指針を示しました。

・予防原則の広がり

EUの政策の中で予防原則は当初、環境分野において採用されていましたが、1990年代以降、食品安全などの消費者保護に拡大されていきました。このため、予防原則という新たな考え方が広まったことによって政策決定者により予防的な考え方の規制が採用されたり、世論の支持を得るようになったりした、という指摘はもっともです。

では、「予防原則」という政策アイディアの有無によって規制が強くなるのかどうかを検討するために、予防原則を積極的に捉えている国において、EUの様に企業負担の重い化学物質規制が成立しているのかどうかを確認しました。

例えば、オーストラリアやカナダは予防原則が積極的に捉えられていて、法律上にも明示的・黙示的に示す国として知られています。

今回、それぞれの国の新規化学物質届出制度の規制の厳しさについて、日本化学物質・安全情報センター『世界の新規化学物質届出制度』(2007)を参考に、各国の基準が明確であり対応が分かれやすい規制内容として以下の6項目を、規定の有無、数量規定の段階によって2段階から4段階で評価して(数値が大きい方が厳しい)、規制の厳しさを数値化しました。

  • 届け出不要ポリマー規定の有無
  • 少量免除規定の有無
  • 研究開発免除規定の有無
  • 試験販売免除規定の有無
  • アーティクル規制の有無
  • 既届出物質の後続届出の必要の有無

表1-1がその比較表です。規制の有無で1,0で評価しているものと、数量規定に応じて評価しているものがあります。

表1-1 新規化学物質規制の強さの比較(2007年時点)

カナダ オーストラリア 日本 EU
届け出不要ポリマー規定の有無 1.0 1.0 1.0 1.0
少量免除規定 0.3 0.7 0.3 1.0
研究開発免除規定 0.5 1.0 0.5 1.0
試験販売免除規定 1.0 0 1.0 1.0
アーティクル規制 0 0 0 1.0
既届出物質の後続届出の必要性 0 0 0 1.0
規制の強さ 2.8 2.7 2.8 6

出典:日本化学物質・安全情報センター(2007)を参考に筆者作成

数値が高いほど規制が厳しい事を表しています。
EUは合計6、カナダは2.8、オーストラリアは2.7と、EUの規制の方が厳しいと判断できます。従って、予防原則というアイディアを積極的に取り入れている国だからと言って、規制が厳しいとは言えない、という事がわかります。

また、日本も2.8とカナダやオーストラリアと同じ程度の厳しさという結果になりました。
日本でも国際協定や条約に対応する形で国内のリスク規制において、予防原則の考え方の適用は増えてきています。環境基本法第4条では「環境の保全は、(中略)科学的知見の充実の元に環境の保全上の支障が未然に防がれることを旨として、行わなければならない」と定められ、直接的に「予防」について触れているわけではないですが、科学的根拠が不十分であることが措置を講じる事を延期する理由でないとされています(環境省総合環境政策局総務課、2002:149)。

また、2000年の第二次環境基本計画では環境政策の4つの指針の一つとして「予防的な方策」が初めて盛り込まれて以来その方針が引き継がれ、2018年の第五次環境基本計画でも「予防的取り組み方法」として明記されています。

化学物質規制に係る個別法でも、1973年に新規化学物質届出制度として成立した化審法では、科学的不確実性を前提としている点で予防原則の考え方に基づいていると考えられます。

このように、規制の強さや弱さに影響を与えるのは、予防原則という政策アイディアの有無のみであるとは考えにくく、より重要なのは、予防原則が政策形成過程において適用されやすくなる、とか、適用されやすくなることを規定する制度的条件の方にあるのではないかと思われます。


ここまでお読みいただきありがとうございます。


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