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環境リスク規制の政治学的比較 その14
化学物質の製造・使用に対する規制 ~化審法の制定から2003年改正まで~

関西学院大学 法学部 准教授
早川 有紀(はやかわ ゆき)様

関西学院大学 法学部
関西学院大学 教員・研究者紹介ページ
リサーチマップ:早川 有紀

【その14】化学物質の製造・使用に対する規制 ~化審法の制定から2003年改正まで~

■日本における化審法制定の経緯

■きっかけはPCBによる環境汚染

日本の化学物質政策は、1960年代から顕在化した公害や健康被害に対する対応策として1970年代から整備されてきました。
公害病では、化学物質が水質汚染を引き起こし、生物濃縮(食物連鎖の過程で物質が濃縮されること)を介して人体に甚大な悪影響を与えました。カネミ油症でも、同様に化学物質が人体に甚大な悪影響を与えました。

このため、有害化学物質による汚染のルートが検討され、製造・使用段階に対する規制と排出段階における規制がそれぞれ制定されました。

化審法制定の直接的な契機は、ポリ塩化ビフェニル(PCB)による環境汚染が1960年代後半に発生したことです。

PCBには不燃性や絶縁性等があり、電気機器や熱交換器などに幅広く使われていました。しかし、分解されにくく脂肪に溶けやすいという性質があるため、漏洩するなど環境汚染が生じた場合に、生物濃縮されて蓄積されます。
1966年以降、世界各地の魚類や鳥類からPCBが検出され、環境汚染が明らかになっていました。
日本では、1968年に発生したカネミ油症事件で、食用油の製造過程で熱媒体として使用されたPCBが食用油に混入していたことが判明し、PCBによる健康被害が大きな社会問題となりました。

当時の日本では、急性毒性のある化学物質や労働者の健康被害を守るための規制措置はとられていましたが、長期的かつ慢性的な環境汚染による健康被害は想定されていませんでした。

また、1971年に起きた新潟県沖でのタンカー折損(船体二分)事故に伴う原油流出を契機として内閣官房通達「化学剤の管理取り締まり体制の整備について」(昭和46年12月24日付)が発出されました。この通達がPCBについても取り上げたため、通商産業省を中心として、農林省、厚生省、科学技術庁、環境庁によって「PCB問題各省連絡会議」が設けられPCB問題の解決策の検討が開始されました。

その後、企業や業界への行政指導によって、PCBの製造自粛や回収体制が整えられたので、汚染源は断たれることになったものの、PCB問題の社会的影響が大きかったため、PCB汚染に対する法的な対応が求められるようになりました。

1972年に「PCB及びそれに類似する化学物質の汚染を防止するための法制定」をする旨が衆議院本会議で決議されました。
制定のイニシアチブをとることになったのは、それまで中心的な役割を果たしてきた通商産業省です。

同年(1972年)に当時の中曽根康弘通商産業大臣からの諮問「化学物質の安全確保対策いかん」を受け、通商産業大臣の諮問機関である、軽工業生産技術審議会に化学品安全部会が設置され、化学品の安全問題の技術的問題を検討するための化学物質分科会が設けられ、「化学物質の安全確保対策のあり方」が通産大臣に答申されました。
この答申を受け、通産省内で立法化作業が行われ、「化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律(化審法)」が翌年(1973年)に成立しました。

PCBに限定せずに、「化学物質」を対象とした規制が出来たのですね

そうです。PCBに限らず、難分解性で生体内に濃縮される化学物質に対して、その安全性を確認し必要に応じて規制する必要性が認識されたと言えます。

■1973年化審法制定

化審法は、新たに市場に流入する化学物質を管理する手法として世界で初めて成立し、各国から注目されるほどの厳格な規制でした。

制定当初の化審法の特徴は次の2つです。

  1. 新規化学物質に対する事前審査制度
    本法によって、新たに製造・輸入される化学物質について大臣への事前の届出が必要になり、安全性が確認されたもののみ製造・輸入できることになりました。
  2. クローズドシステム
    難分解性、蓄積性、長期毒性のすべての性質を有する「特定化学物質」には、製造・輸入の許可制が導入されると同時に使用用途制限が課せられ、化学物質の製造から使用までを管理する「クローズドシステム」となりました。政府は特定化学物質に関する使用用途を定め、業者は使用にあたって届出が求められました。

使用する際にも届出が必要、というのは大変厳しいですね。

クローズドシステムは世界で初めての取り組みであり、企業負担も重い大変厳しい政策手段でした。

なお、化審法が公布された時にすでに社会に流通していた既存化学物質については、事前審査の対象とはならず、附帯決議において今後国が安全点検を行うとされました。

今までのお話しだと、日本は厳しい規制となりにくいということでしたが、どうして日本で世界初となる厳しい規制が導入されたのですか?

文献調査によると、当時の化学業界が通産省に対して協力的だったことが分かります。
それは、化学業界も公害や健康被害の発生を経験して、環境対策や規制の必要性を重視していたからと考えられます。

法案作成に先立ち、通産省の化学工業局長は、日本化学工業協会、石油化学工業協会、化成品工業協会の首脳と懇談して、業界の協力を要請し、業界側も化学品取締法案立案に協力することを約束しています。

また、審議や法案制定の過程では、安全性試験の費用負担の軽減策が検討されたり、企業秘密に対する配慮などが行われたりしていますので、通産省も業界の利益や規制の実効性に対して配慮したものと考えられます。

■化審法1986年改正

化審法の成立当時は、厚生省と通産省の所管でしたが、2001年から省庁再編を受けて厚生労働省、経済産業省、環境省の所管となりました。化審法は1986年、2003年に大きな改正がありましたが、通産省が中心的な役割を果たしました。

1980年代後半から、国際的な規制との調和や化学物質の生産量と消費量の増加への対処から。同法の見直しの必要性が認識され、1986年の改正で事前介入が強化され、手続き化が進みました。

事前介入、手続き化とは何ですか?

具体的には経済協力開発機構(OECD)が加盟国に勧告した化学物質の安全性試験方法を統一するガイドライン (OECD化学品テストガイドライン)や、製品の安全性を事前評価するための評価項目 (OECD Pre-making set of Data:OECD-MPD)が導入されました。

■難分解性と長期毒性があり、蓄積性が低い化学物質

また、「特定化学物質」の要件とされていた三つの性質(難分解性・長期毒性・蓄積性)のうち、難分解性と長期毒性は有しているが、蓄積性は低いとされるような化学物質が新たに認識されるようになりました。

このように難分解性と長期毒性があるにもかかわらず蓄積性が低い物質についても、環境中で残留する状況が確認され規制する必要が生じたことから、特定化学物質が第一種特定化学物質と名称が変更され、新たに指定化学物質(現在は第二種監視化学物質)と第二種特定化学物質が指定され、事後の実績数量の届出など、事後管理政策が導入されました。

  1. (1)第1種特定化学物質(第2項)
    • 難分解性
    • 高濃縮性
    • 長期毒性あり
  2. (2)第2種特定化学物質(第3項)
    • 難分解性
    • 高濃縮性でない
    • 長期毒性あり
  3. (3)指定化学物質(第4項)
    • 難分解性
    • 高濃縮性でない
    • 長期毒性のおそれの疑いあり

(出典)化学物質管理 「昭和61年施工法 目的・定義」(独立行政法人製品評価技術基盤機構)

(出典)審査概要図(独立行政法人製品評価技術基盤機構)

■1999年 化管法制定

1999年に化学物質排出把握管理促進法(化管法)が制定されたことも、この時期の環境リスク管理において重要な出来事です。化管法は、化学物質の環境への排出量等の把握や事業者による化学物質の性状及び取扱いに関する情報の提供を目的としたものです。

■化審法2003年改正

2003年の改正では、OECDから日本の化学物質管理政策に対して「生態系保全」の考え方を導入するように勧告がなされたことが契機となり、動植物など生態系への影響にも着目した審査制度が導入されました。また、それまでは「ハザード(有害性)」に対する規制が主だったのに対し、1990年代以降は「環境リスク」に対する規制が求められたことから、環境中への放出可能性を考慮した審査制度が導入されました。

改正による主な変更点は、次の4点です。

  1. 動植物への影響に着目した審査・規制制度の導入
  2. 既存化学物質を第一種監視化学物質として法的に管理する制度を導入
  3. 環境中への放出の可能性が低いあるいは量が少ないものについて条件を緩和
  4. 製造・輸入業者が化学物質の有害性情報を入手した場合の国への報告義務づけ

(出典)化審法(平成15年改正法)制度概要(独立行政法人製品評価技術基盤機構)
化審法(平成15年改正法)-対象物質(独立行政法人製品評価技術基盤機構)

■化審法制定から2003年改正までのまとめ

1970年代~80年代は、難分解性、蓄積性、長期毒性を有する化学物質の製造・使用に対する規制の直接的手段が整えられ、化学物質の国際的管理への対応や取引量の増加に対して手続きの厳格化が進められました。

それまでは「ハザード(有害性)」が主だったのに対し、1990〜2000年代は「環境リスク」に対する規制が進みました。化学物質管理にむけて国際的な合意に対応する形で政策が進められた時期でもあります。

昭和48年
(1973年法律制定)
昭和61年
(1986年法律改正)
平成15年
(2003年法律改正)
改正目的 【契機】
ポリ塩化ビフェニルによる環境汚染
新規化学物質の事前審査制度を導入
難分解性、高濃縮性、人への長期毒性を有する第1種特定化学物質の製造・輸入禁止措置等の規制措置を導入
【契機】
トリクロロエチレン等による地下水汚染問題
高濃縮性でないが難分解性及び長期毒性を有する化学物質(第2種特定化学物質)に対し、製造・輸入量の制限措置
第2種特定化学物質の疑いのある化学物質(指定化学物質)の監視措置を導入
【契機】
化学物質管理に関する国際動向及びOECD勧告
化学物質の動植物への影響に着目した審査・規制制度の導入
難分解性・高濃縮性の既存化学物質に関する規制の導入
環境中への放出可能性に着目した審査制度の導入
事業者が入手した有害性情報の報告を義務付け
法律記載目的 難分解性の性状を有し、かつ、人の健康を損なうおそれがある化学物質による 難分解性の性状を有し、かつ、人の健康を損なうおそれがある化学物質による 難分解性の性状を有し、かつ、人の健康を損なうおそれ又は動植物の生息若しくは生育に支障を及ぼすおそれがある化学物質による
対象物質 第1種特定化学物質
白物質※
判定不能
第1種特定化学物質
第2種特定化学物質
指定化学物質
白物質※
判定不能
第1種特定化学物質
第2種特定化学物質
第1種監視化学物質
第2種監視化学物質
第3種監視化学物質
白物質※
判定不能
対象試験 分解性
蓄積性
慢性毒性
分解性
蓄積性
スクリーニング毒性
慢性毒性
分解性
蓄積性
スクリーニング毒性
慢性毒性
生態毒性

※「白物質」とは、法律に基づいて新規化学物質として届出され、審査された化学物質のうち、規制の対象ではないとされた化学物質を指します。

(出典)改正の目的・対象物質等(独立行政法人製品評価技術基盤機構)

判定不能(不明、保留):
判定をする場合、生態毒性(生活環境動植物)のデータが必須とされ、当該データが無い場合(いわゆる判定不能・不明・保留の場合)は、届出者にデータを要求することが可能

次回は、2009年改正についてご説明します。


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