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環境リスク規制の政治学的比較 その17
REACH規制の成立までの手続き

関西学院大学 法学部 准教授
早川 有紀(はやかわ ゆき)様

関西学院大学 法学部
関西学院大学 教員・研究者紹介ページ
リサーチマップ:早川 有紀

【その17】REACH規制の成立までの手続き

前回はREACH規制の背景として、ヨーロッパ域内で最も厳しい化学物質規制を有していたスウェーデンがイニシアチブをとったこと。そして欧州委員会で、予防原則に基づいて市場に流通するすべての化学物質についてリスク評価を行うという、「ノーデータ、ノーマーケット」の原則を採用した「将来の化学物質政策のための戦略に関する白書」が示されたことをお伺いしました。

反対はなかったのですか?

環境総局と企業総局(当時。以下同様)は、化学物質法体系を改善するために規制を変更するという立場は共有していましたが、個別の内容に対する立場は異なっていました。環境総局は長期的な視点に立って、より高い環境保護レベルとなることを望み、企業総局は企業にとって扱いやすい内容になることを望んでいました。

このことは、「将来の化学物質政策のための戦略に関する白書」の序文に、高レベルでの人の健康及び環境の保護と域内市場の効率的な機能と化学産業の競争力の確保を同時に目指すことが示されていることにも表れています。

加盟国の環境閣僚やスウェーデン・イギリスなど、もともと改革に前向きだった国々、欧州議会における欧州緑の党、NGOは肯定的でした。

イギリスは、よりスムーズで効果的な制度になるような提案を欧州委員会に行っていますし、欧州議会の環境・公衆衛生・消費者政策委員会において、政策を具体化させるための報告書が作成されました。白書よりも厳しい規制を求める内容が含まれていましたが、2001年11月に一部修正する形で採択されました。また、欧州環境事務局(European Environmental Bureau:EEB)は、白書の内容を歓迎した上で、知る権利を強調し化学物質に対する消費者に対する情報公開を求めるとともに、危険物質はより安全な代替物質に変更するように立法することを求めました。

一方化学業界は白書に対して反対の意見を示しました。
欧州化学工業連盟(European Chemical Industry Council:Cefic)は、白書の政治的な目的については賛成するものの、欧州委員会が設定しているタイムスケジュールが拙速すぎること、社会的・経済的な影響を考慮していないこと、政策へのグローバルな参加が行われていないこと、高懸念物質の認可のシステムが効果的ではないことなどを批判しました。
イタリア化学工業連盟は、中小企業に対する配慮が足りない点などを批判しました。

反対意見もあったんですね。

2001年~2003年にかけて、白書への反対に対応する形で、欧州委員会と利害関係者間で環境保護、動物保護、コスト、競争力などについて多くの会合が開かれました。2003年5月から6月にかけてインターネット・コンサルテーションが開かれ、幅広い利害関係者からの意見集約が図られました。

加盟国以外の政府からも批判の声が寄せられました。アメリカは環境や人間の健康保護に対する必要性に共感しながらも、システムそのものにコストがかかる点や、複雑さ、グローバルな貿易に対する悪影響について批判しました。日本政府は、目的や問題解決に向けた姿勢は認めながらも、企業への負担が必要以上に重いことや、貿易障壁になる恐れがある点などを批判しました。EU域外企業にとっては手続き上、不利になる側面が含まれていたため、EU加盟国以外からも様々な働きかけが行われました。

欧州化学工業連盟(Cefic)はヨーロッパ域内の11企業が協力するパイロットテストを企画・実施することによってリスク評価に要するコストを試算し、白書の問題点を具体化したうえで、REACH規則をより費用対効果の良いシステムにするように働きかけました。

2003年にできあがったREACH規則の最終提案は、企業総局と化学工業系の企業や業界団体が時に協力しながら激しくロビィ活動を行ったことにより、実質的な規制内容は最初の提案より弱まりましたが、WSSD目標などEUの持続可能な発展戦略の内容が強く意識されたものとなり、規則の基本的な方向性は維持されました。

反対意見はあっても基本方針は維持されたのですね。

REACH規則をより運用しやすいものに、最終提案がまとまった2003年からREACH実施計画(REACH Implementation Projects: RIPs) が開始されました。RIPsをはじめ、欧州委員会提案に基づいて今後の方向性が話し合われ、加盟国や産業界の間でいかに制度を具体的するかが話し合われたため、実質的にはコミトロジー手続きと似た役割を果たしました。

コミトロジー手続き
欧州委員会が権限を行使するに当たって、行き過ぎることのないように、その権限の行使を統制するための手続き

RIPsの議論は欧州委員会の提案内容を前提としたため、初めから議論に参加していなかった川下企業などの一部の企業には非常に不利で意見が通りにくい状況となりました。

最終提案が提出された2003年10月以降は、共同決定手続き期間に入りました。環境総局、企業総局、欧州産業連合(UNICE)、欧州化学工業連盟(Cefic)、欧州環境事務局(EEB)、世界自然保護基金(WWF)の代表者レベルで話し合いが行われて行われました。しかし、様々なアクターがそれぞれコストの試算やRIA(規制影響評価:Regulatory Impact Assessment)を行い、REACH規則の実施に必要なコストに対して異なる評価をしたため、実質的な調整が進まない状況に陥ってしまいました。
特にコストの議論は産業競争力の議論と結びつけられていました。

コストの議論に注目が集まったのは、日本と同じですね。

欧州委員会によるRIAと 欧州化学工業連盟(Cefic)など企業側のRIAの結果が異なったので、一部の加盟国や企業から現行の規制案の撤廃や抜本的な大幅修正を求める声が強くなりました。一方で、NGOは、RIAが企業寄りである点、特にコストの論点に重点が置かれて便益に光が当たっていないと批判しました。

こうしたRIAをめぐる対立に対して、欧州委員会の環境総局と企業総局、産業界のUNICEと欧州化学工業連盟(Cefic)が、産業界が出資する形で第三者機関への委託によるRIAを行うことで合意しました。このRIAは2004年3月から2005年4月までコンサルタント会社であるKPMGに委託されて、REACHが企業や技術革新に及ぼす潜在的な影響について分析されることになりました。

RIAは欧州委員会が全体の調整を行いながら、多くのアクターがRIAに係る形で進められました。中小企業を含む産業界だけでなく、労働組合、環境・消費者NGOなど開かれた利害関係者の参加するワーキング・グループが結成され、その上位グループがRIA実施の監視を行いました。RIAの実施には、化学産業だけでなく幅広い産業団体やアメリカや日本の産業団体も入ったコンソーシアムが関与して、自動車、フレキシブル包装(フィルム、フォイル、紙などの柔軟な素材で作られたパッケージまたは容器)、無機化学、電気といった4つの産業のサプライチェーン企業に対するインタビューも行われました。

大がかりなRIAが行われたのですね。

その結果、中小企業などは対応の難しさやコスト負担の大きさといった影響を受ける可能性があるものの、総じてREACH規則による産業界への影響は対処可能と評価されました。このRIAによって、利害関係者間で規制案に対する大枠の政治的合意が達成され、その後は利害関係者間で規制案をいかに実行可能なものにするかという議論が行われることになりました。


ここまでお読みいただきありがとうございます。


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