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環境リスク規制の政治学的比較 その8
~リスクに対する規制政策の特徴~

関西学院大学 法学部 准教授
早川 有紀(はやかわ ゆき)様

関西学院大学 法学部
関西学院大学 教員・研究者紹介ページ
リサーチマップ:早川 有紀

【その8】リスクに対する規制政策の特徴

その5からその7まで、政治的要因について説明してきました。
今回は、「リスク」に対する規制の特徴について説明します。

■リスク評価

リスクは「リスク評価」と合わせて理解する必要があります。

リスクとリスク評価は同じことのように思えますが、どう違うのですか?

リスク評価は、危害の大きさやその発生頻度について考えること、つまり評価することです。
具体的には、リスクの大きさを客観的に評価することで、望ましくない事象が起きる確率とその事象の重大さとの掛け合わせによって評価します。

[リスク]=[その事象の重大さ]×[望ましくない事象が起きる確率]

たとえば交通事故や自然災害のように、めったに生じることはないけれども、その事象が重大であるといったリスクを評価するときには、主に確率論によってリスク評価をします。

リスク評価は、安全性の基準を決定する時の基準としても用いられます。

化学物質による環境や健康に対して起こりうるリスクについては、有害性(化学物質の有害性)と暴露(化学物質への接触頻度や確率)の掛け合わせによって評価されます。

[化学物質によるリスク]=[有害性評価]x[暴露評価]

暴露って何ですか?

一言で言うと、接触する頻度の事です。

(参考)
化学物質は、食べたり、呼吸で吸い込んだり、手についたりして、私たちの体の中に入ってきます。このことを、「暴露(ばくろ)」といい、体に入った量を「暴露量(ばくろりょう)」と言います。

(出典)4.体に入らなければ、毒にはなりません -暴露(ばくろ)と暴露量(ばくろりょう)(独立行政法人製品評価技術基盤機構)

環境や健康に対する化学物質のリスク評価を行う場合、有害性が低い物質であっても暴露量、すなわち接触する頻度が高ければリスクは高くなりますし、逆に接触する頻度が低くても有害性が高ければリスクが高くなることになります。

そして、有害性が高くても適切に規制や管理を行えばリスクを低くすることができ、逆に有害性が低くても規制や管理が不十分であればリスクは高くなります。
このため、適切なバランスで規制や管理を行う必要があります。

リスクを評価する上で気を付けるべきことはありますか?

「科学的不確実性」と「リスク・トレードオフ」について理解する必要があります。

■科学的不確実性

科学的不確実性とは、科学者の認識、実験の条件、採用する理論式等によって、結果が一定にならない、つまり不確実になるという性質です。

リスクの科学的不確実性は2つに分類されます。

①データ不足

リスクを算出するためのデータが不足している場合、例えば、リスクの存在は認識していても、データが不足しているので専門家の間でも統一的な見解が得られない場合がこれに当たります。

データが不足している、あるいは値が低すぎて算出できない場合は、基準となる見解を導き出せないこともあります。

②リスクの存在が認識されていない

リスクの存在そのものが認識されていない場合には、そもそもリスクを算出することが不可能です。

[化学物質によるリスク]=[有害性評価]x[暴露評価]
にあてはめると有害性が分からないので評価できない、という事でしょうか。

そうです。
まだ私たちが知らないリスクというのもあると思いますが、知らないことについてどの程度有害かという評価はできませんよね。

リスクがどの程度大きいかを判断するリスク評価の各段階でも、科学的不確実性は大きく関係します。一般的なリスク評価の手順は、有害性の原因であるハザードを特定し、それについて有害性評価を行うことから始まります。

有害性評価は、動物実験を行えるものについては動物実験を行い、どのような有害的効果が起きるのかについて調べ、リスクの許容量というマイナスの事象を受け入れられる程度を求めます。特に健康リスク評価の場合は、一般的に安全率という動物実験の結果を人間に適用する場合や個体差による感受性の違う場合などを評価に内在する不確実性に対応するための値を掛けて計算されます。

次にその有害性からどれだけ影響を受けるか、という暴露評価を行います。
たとえば、食品を中長期的に摂取する際に含まれる化学物質の暴露量の場合、その物質が含まれる食品を一日平均どれだけ摂取したかについて調べます。その暴露量の調査について、動物実験が行われた場合にはその結果を使ってヒトに換算した場合にどうなるかを推定します。

こうして、暴露量の推定と有害性の発生可能性からリスクを評価します。
その際に用いられるのが、ハザード比というリスクに対する暴露量と許容量の比で、ハザード比が1より小さければ、安全であるとみなされます。

ハザード比=(暴露量)/(許容量)

こうしたプロセスでは、たとえば、有害性評価における実験がどの程度実際の状況に近い条件で行われるか、暴露評価におけるリスクの摂取量や人の反応の違いをどのように平均化するか、動物実験によって得られたデータからどのように人間のケースにあてはめて推測するか、計算に用いる理論式が複数ある場合にどの理論式を用いるのかなど、様々な仮定に基づいて計算するので、計算する際の条件が異なれば、当然その結果も異なります。

リスク評価は政策決定の参考とされますが、科学的なデータに基づいて算出されるとはいえ、精確性という意味での厳密性を追求することは困難です。

このため、すべてのリスクにおいて「ゼロリスク」、すなわち絶対的な安全性は存在しないということになります。

でも、「絶対的な安全(ゼロリスク)」を求める風潮もありますよね。

たとえば、専門家は絶対的な安全性は存在しないと理解していても、世間では「ゼロリスク」に対する理解が浅い場合があります。絶対的な安全があるんじゃないかと考えていて、絶対的な安全を求めてしまっているのだと思います。

また、リスク認知の研究では、世論が敏感になりやすいリスクとそうではないものとが存在していることが社会心理学的において明らかになっています。

たとえば、一度の事故でも大きな影響力をもつ原子力発電の事故と、日常生活の中での自動車事故を比較した場合、発生確率は原子力発電所の事故の発生率よりも日常生活での自動車による交通事故にあう確率は高いのですが、原子力発電所の建設に反対する運動は活発でも、車の不買運動はそれほど活発には行われてはいません。

また、2000年代に大きく問題化したBSE(牛海綿状脳症)では全頭検査はかなり厳格な検査で、世界的には異例なことでした。しかし、BSEの事件の後、日本では世論によって全頭検査が強く支持され、畜産農家の信頼回復のために農林水産省は多額の費用をかけて全頭検査を実施しました。

このように、実際のリスク規制では、社会が受容できるレベルで科学的不確実性がコントロールされることが多いです。

日本人は「絶対的な安全」を求めがちと言われることもありますが、アメリカで暮らしていると日本との違いを感じますか?

リスクが低いものを選ぼうとするのは日本もアメリカも一緒だと思います。

ただ、日本と違い、アメリカは細かく情報を表示させる規制が存在します。表示したうえで、消費者が選ぶ基準を提供しているのだと思います。

食品に関しては、総脂質、飽和脂肪酸、コレステロール、トランス脂肪酸などについて含有量の表示が義務づけられています。健康意識の高い人は、こうした表示をチェックするでしょう。

(参考)Food Ingredients & Packaging(U.S. FOOD & DRUG)
トランス脂肪酸に関する各国・地域の規制状況・米国(農林水産省)

また、カリフォルニア州には、プロポジション65という規制があるのですが、リスト化された化学物質を含む製品の販売を禁止するものではなく、発がん性や生殖機能異常を引き起こすとされる化学物質が一定レベル以上に含まれる場合は、警告文を表示する事が求められています。

(参考)Proposition 65(California Office of Environmental Health Hazard Assessment)

(参考)
プロポジション65は、正式名称を「the Safe Drinking Waterand Toxic Enforcement Act of 1986(1986年安全飲料水および有害物質施行法)」といい、1986年11月に住民投票により制定されたカリフォルニア州法です。カリフォルニア州の市民および飲料水資源を、がんや出生異常などを引き起こすとされている化学物質から保護することを目的としています。同州環境保護庁有害物質管理局(OEHHA)はプロポジション65で規定された化学物質を含む製品について、事業主に対し警告文の表示を求めています。

プロポジション65にリストされた化学物質は使用できないのですか
いいえ。プロポジション65は、あらゆるレベルの有害物質を含む製品の販売を禁止するものではありません。リストに記載されている化学物質がリスクと認定されたレベルで存在する場合は製品に適切な警告文を表示することを要求しています。

(出典)よくある質問 プロポジション65 米国カリフォルニア州法(安全飲料水および有害物質施行法)2020年6月(ジェトロ農林水産・食品課)

化学物質の使用を禁止するのではなく、製品に表示してそれを消費者が判断して選ぶのです。

もちろん日本でも製品情報の表示を義務付けていることもありますが、ポジティブリスト制といって安全と判断された化学物質のみを使用できる、という手法の導入も進められています。

例えば2020年に食品衛生法が改正されて、食品用器具・容器包装について安全性を評価した物質のみを使用可能とするポジティブリスト制度が導入されました。

(参考)食品用器具・容器包装のポジティブリスト制度について(厚生労働省)

■リスク・トレードオフ

リスクを評価する上で理解する必要のある、もうひとつのリスク・トレードオフについて説明します。

リスク・トレードオフとは、特定のリスクを減らしたとしても、違うリスクが生まれてしまうということです。

たとえば、安全な飲料水を得るために塩素処理をする場合、未処理の水に含まれる病原菌を殺すことによって社会に伝染病が蔓延するリスクを減らすことができます。病原菌で汚染された水を使えば、抵抗力のない子供や高齢者の発病リスクが高まるので、この塩素処理は重要な過程です。

しかし、塩素消毒は逆に塩素に起因する発ガンリスクを高めるといわれています。

この例の場合、病原菌感染のリスクが目的リスク、塩素消毒による発ガンリスクが対抗リスクとなり、両者はトレードオフの対抗関係に置かれています。

ここで留意すべきなのは、こうしたリスクのバランスは常に変動的であることと、リスクの基準設定は、国や地域の経済・社会・地理的条件によって異なる場合があるということです。

リスクのバランスが変動的というのはどういうことですか?

例えば社会条件は時間とともに変化していきますよね。
また、国や地域によって自然条件が異なりますし、食習慣等も違うので国によってリスク評価が異なる場合があるのです。

先程の安全な飲料水の例だと、上下水道の普及状況は、時間とともに変化していきますし、地域の気候や保健衛生状況によって病原菌感染のリスクが異なります。たとえば、西ヨーロッパとアフリカでは、平均気温や上下水道の設置状況が異なりますし、同じ北半球であっても、夏は微生物の増殖が早いため、他の季節よりも多くの塩素が投入されることになります。

特定の政策と他の政策との関係性からリスクバランスをちょうどよいところに合わせることが重要です。

1つのリスクを減らすと、他のリスクが生まれてしまう事もあるということですか

科学的不確実性とリスク・トレードオフの問題は、リスクに対する規制政策を決定する際に検討しなければいけない事象の広さと、そこに関与する利害関係者の多さを示しています。

一歩引いて広い目で考えないといけないということですね。


ここまでお読みいただきありがとうございます。


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