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環境リスク規制の政治学的比較 その18
REACH規制の成立

関西学院大学 法学部 准教授
早川 有紀(はやかわ ゆき)様

関西学院大学 法学部
関西学院大学 教員・研究者紹介ページ
リサーチマップ:早川 有紀

【その18】REACH規制の成立

前回、REACH規制の成立までの手続きについて教えて頂きました。
様々なアクターによってコスト試算やRIA(規制影響評価:Regulatory Impact Assessment)が行われたとの事でした。

反対していた団体は納得したのですか?

最も激しくロビー活動をしていた、欧州化学工業連盟(Cefic)は化学産業最大の業界団体なのですが、REACH規則に対する意見パンフレットにおいて、RIAの前後で批判的な見解を、肯定的な見解へと内容を変化させています。

REACH規則は、2000年に策定されたEU全体の経済・社会政策であるリスボン戦略にも合致する内容をもち、EU域内の競争力を阻害するものではなく、むしろ競争力を持つための前進と理解されるようになりました。

反対意見が反映されたこともあるのですか?

環境委員会は、中小企業に対する負担軽減策を成立させました。また、ヨーロッパ最大の化学産業を有するドイツとの調整も慎重に行われました。

理事会でも、化学物質を登録する際に、一つの物質について複数の企業が登録すると無駄なコストが生じる点が批判されていましたが、イギリスとハンガリーが共同提案した「一物質一登録制度」によって企業への負担が減らせることとなりました。これは中小企業の負担を軽減することもでき、環境NGOが反対した動物実験も最小限にできるので、企業に限らずほとんどの利害関係者に支持されました。

1~10トンの物質に関して規制を緩和するターゲット・アプローチ、ヘルプデスクの設置やガイダンス文章の作成などについて、中小企業の規制遵守に向けた支援の実施についても合意されました。

欧州議会の各委員会において議論が進められたのち、2005年10月に環境委員会での採決が行われ、2005年11月に本会議にて採決されました。各欧州理事会で議論が行われ、2005年12月に競争力理事会で政治合意が成立しました。

2006年以降は欧州議会とEU理事会において内容の具体的な合意形成が行われ、2006年12月にREACH規則は成立しました。
REACH規則は、企業に対して譲歩したところはあるものの、基本的には最初の提案を維持した内容でした。

日本では、審議会や委員会等で産業界・市民アクタを交えて議論された結果、実現可能な規制枠組みになったと前回教えて頂きました。
EUの産業界も廃案に追い込むくらいの猛反対をしていたのになぜ、厳しい規制が成立したのか、とても不思議です。

産業界は規制案が提案された後も規制案の成立が危ぶまれるほど反発しました。
その転換点は、欧州委員会と産業界が合意の上で第三者機関に委託して実施したRIAにおいて、コストや競争力の問題も含めて規制が実施可能と評価されたことです。このRIAの結果が産業界の認識を変化させ、規制に反対するのではなく、より規制を運用可能なものにと働きかける方向へと変え、規制成立に向けた実質的調整が行われました。

第三者機関が実施したRIA自体に対しての反発はなかったのですか? やり方がおかしい、とか、都合が良い様に誘導されているので受け入れ難い、とか。

実施前にRIAの前提や方法についてアクター間で共有されたうえで実施されましたので、第3者機関のRIAの結果は、受け入れられたのだと思います。
第三者機関がRIAを実施する前に、各アクターがRIAを実施していたのでRIAに対してある程度理解していたことも、一因かもしれません。

RIAは単純なものではないと思いますので、ある程度、RIAそのものについての理解がないと、結果を理解して、結果が妥当かどうかを評価するのは難しいですね。

EUにおいても産業界や市民セクターが政策立案にかかわりますが、基本方針が出来てから議論に加わる、という点が日本と異なります。ゼロベースでどういう政策にしようか構築するところからなのか、こういう政策を実施するので、より実行できるようなものにするために議論しましょう、というのかでは、議論のスタート地点が違うので方向性も異なります。

そもそも、ノーデータ・ノーマーケットという厳しい規制が提案されたのはどういう要因があったのですか?

スウェーデンやイギリス、オーストリア、デンマーク、フィンランド、オランダなど、規制に積極的な国があったこと、熱心に推奨しようとするNGOなどの利害関係者が多かったことも要因として考えられます。
EUとして、マーストリヒト条約以降は、基本的に予防原則に基づくべきであるという考え方が示されていたものの、化学物質規制における規制レベルが不十分であった、という点も背景にはあると思います。

RIAの前提ややり方について、対立するアクター間で合意を得てからRIAを実施するというのは、間に入って調整する人も大変ですが、それぞれのアクターがRIAという複雑なものを理解して議論をするという力が必要なんだなと思いました。

因みに、RIAとは規制の新設や改廃による影響を事前に定量的・定性的に分析するのですが、1990年代半ばから先進諸国で採用が広がり、現在OECD加盟国のすべての政府が新たな規制案を作成・実行する前に何らかの形でRIAを実施しています。

EUでは2001年に欧州理事会での規制の影響分析(RIA)を採用することが合意され、2002年以降経済、社会保障、環境分野で新しい規制や政策が作成される際、欧州委員会がRIAを行うことが定められました。

日本では、2007年10月1日に行政機関が行う政策の評価に関する法律(政策評価法)の政省令改正が行われ、2007年10月1日以降に規制の新設・改廃が行われる場合には、事前にその影響を分析・評価して評価書を作成して公表することが義務付けられています。


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